『カラマーゾフの兄弟』ドストエフスキー 原卓也訳 新潮文庫
人類の創造した史上最高の文学作品。人類史上最大の文学者ドストエフスキーがオムスク監獄での四年間の経験から『死の家の記録』を書き、さらに『地下室の手記』『罪と罰』『白痴』『悪霊』と書き深めてきた人間存在とその救済可能性についてのテーマが、ここに結実している。江川卓によるとカラマーゾフの後にもう一つの作品(皇帝暗殺にまつわる話)が書かれる予定であったというが、もし書かれていたらカラマーゾフと並んで全人類に対する予言と啓示の書となったであろう。大審問官のテーマはキリスト教の物語をドストエフスキーが独自に深めていった内容であり、カラマーゾフの中核テーマを成す。
全人類必読の書
『白痴』ドストエフスキー 木村 浩訳 新潮文庫
「キリスト公爵」ともいわれるムイシュキン公爵を創造し得ただけで成功していると言える作品。ムイシュキンはドストエフスキー自身の存在の投影でもある。ドストエフスキーは自らの体験をムイシュキンに投影して語るが、その体験は死刑直前の刑の執行中止、であった。人間存在における無条件の美とは何かを探究した作品。
ちなみに、ドストエフスキーはほぼすべての作品を薦める。
『エリック・ホッファー自伝 構想された真実』エリック・ホッファー 中本義彦訳 作品社
「沖仲士の哲学者」エリック・ホッファーの自伝。ホッファーは人生そのものが作品である。正規の教育は全く受けておらず、様々な職を経験。28歳で自殺未遂をするが、以後季節労働者になる。後に港湾労働者になり、1951年に『大衆運動』を執筆、以後著述活動に入る。1964-72の間カリフォルニア大学バークレー校で政治学を論じる。
ホッファーは読書と肉体労働と思索のみで自己を創造し、磨いた。選べない立場であったとはいえ、過酷な肉体労働(これは筆者も経験したが)を一生続けるのは極めて困難である。肉体はもとより人格の維持や精神のバランスの維持すらも時として危うくなる、それが最底辺の肉体労働の世界の現実である。その状況下で、読書を重ねて常に思索し、決してニヒリズムに陥らず、自己形成と思索と真理探究に人生を捧げたホッファーは、ある意味哲人、聖人でもあると言えるだろう。これほど過酷な状況下にあったにもかかわらず、いや、もしかすると過酷な日々の試練があったからこそよりいっそう、ゲーテ的な全人格的な完成を遂げたと思われるホッファーの魂の偉大さ、強さにこそ、安楽な現代社会に生きる我々が学ぶべき点が多く存在するのではないだろうか。
『それでも人生にイエスと言う』Ⅴ・E・フランクル 春秋社
『夜と霧』で知られる心理学者・哲学者の作品。最極限状態における人間の行動様式、心理の動き、人間存在の在り方について述べられている。存在の極北において、善悪の彼岸が現れ、人間の形式的記号がすべて取り払われ、人間の魂の原型だけが残る。丸裸になった魂において、人間存在の生存理由とは何か? 極限を潜ったフランクルだけが到達し得る確実な、そして嘘のない重みのある言葉が語られる。あなたがとことん地獄を見る体験(大病、牢獄、戦争、破産、離婚、大事な人の死など)をして、自らの存在が疑わしくなることがあったら、迷わずフランクルの言葉に耳を傾けるべきだろう。おそらく、自己を救済し回復させるための手掛かりが見つかることだろう。たとえそうでなくとも、人生を生き抜く時に、フランクルの言葉はたしかなリアリティをもってあなたを導くはずだ。
『大衆の反逆』オルテガ・イ・ガゼット 神吉敬三訳 ちくま学芸文庫
大衆社会論の嚆矢とされる。オルテガは20世紀を大衆の時代と位置付け、「生の増大」と「時代の高さ」から誕生し、諸権利を主張するばかりで自ら恃むところ少なく、さらに凡庸たることの権利までも主張する大衆が席巻するとした。これはまさに21世紀初頭の現在の社会状況ともぴたりと一致する。この際の大衆とは階級概念ではなく、貴族の中にも「大衆」がいるとした。逆に、「真の貴族」は、階級では大衆に属する人の中にも存在しうるとした。これはある意味でキリスト教における羊と羊飼いの問題、真の知識人と大衆の関係性にも比すことの出来る現代思想上の大問題である。様々な角度から読み解き可能な、現代社会理解の為の必読書。ハンナ・アレント『人間の条件』も併せて薦める。
『運と気まぐれに支配される人たち』ラ・ロシェフコー 吉川浩訳 角川文庫
ラ・ロシュフコーの箴言集。ラ・ロシェフコーは人間洞察の達人である。どの言葉もぴたりぴたりと人間の心の綾、その心の真実を暴き出す。グロテスクなまでにリアルなその指摘は、豊富な人生経験、恋愛体験に裏打ちされている。よくもここまで人間の自己愛の真実を描き出したと驚嘆するばかりである。人間の真実を知りたいと思う人は読んでみよう。
箴言(アフォアリズム)ではエリック・ホッファー『魂の錬金術』、芥川龍之介『侏儒の言葉・西方の人』なども良いので読み比べてみよう。
『ディヴィッド・コパフィールド』ディケンズ 中野好夫訳 新潮文庫
ディケンズ自身の自伝的要素も多分に含む長編傑作。ディケンズ本来のヒューマニティ溢れる作風、物語そのもののストーリーテーリングの面白さを十分含みながらも、自伝的要素が多く含まれるためリアリズムに富み、人生そのものの深み、多元性を暗示させる作品に仕上がっている。「面白くて為になる」文学の王道を行く名作古典。
『ファウスト』ゲーテ 高橋義孝訳 新潮文庫
言わずと知れたゲーテの代表作。ゲーテの作品には他に『若きウェルテルの悩み』『ヘルマンとドロテーア』『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』『親和力』『イタリア紀行』『色彩論』などがある。また、晩年の弟子エッカーマンとの間に、『ゲーテとの対話』もある。(ただし、『ゲーテとの対話』は、エッカーマンの著である。)
ファウストは前半と後半の間に六十年の歳月があり、その為前半と後半では文体にも変化が見られる。この変化こそ人生の年輪そのものである。ファウストは、ゲーテの人生の記念碑的作品である。『若きウェルテルの悩み』の頃の叙情性はファウスト前半部分に、ワイマール公国での宰相の実務はファウスト後半部分に、イタリア紀行で得た古代ギリシア世界の知識もファウスト後半部分に、それぞれ生かされている。また、ファウスト前半では、『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』につながるような、演劇の要素も見受けられる。ファウストはゲーテの辿った人生そのものを象徴している。ゲーテの全人格的完成はすべての人の目標とすべきものであろう。「人間として充実した生を生きる」ことは、すなわちゲーテのように生きることに他ならない。『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』も薦める。ゲーテ作品の深い世界に、『若きウェルテルの悩み』あたりのとっつきやすい部分から入っていこう。
『魔の山』トーマス・マン 高橋義孝訳 新潮文庫
トーマス・マンの代表作。『魔の山』と呼ばれるスイスの高山サナトリウムで、主人公ハンス・カストルプが成長を遂げていく姿を描いている。モラトリアムの時間を過す若者の心理を上手く描いている。イタリアの人文主義者セテムブリーニ、虚無主義者ナフタ、ロシアのショーシャ婦人、男性的なぺーペルコルンらとの出会いが、カストルプを成長させている。『ファウスト』『ツァラトストラ』と並んで、人間真理の探究という大テーマに正面から挑んだ作品。トーマス・マンはゲーテには及ばなくとも、偉大な作家である。他に『トニオ・クレエゲル』もある。どちらも比較的読みやすい。トーマス・マンは反ファシズム発言などでも有名。『魔の山』はトーマス・マンの作品の中では重要な作品。必読。
『赤と黒』スタンダール 小林 正訳 新潮文庫
若きボナパルティスト、ジュリヤン・ソレルの野心と出世、貧困家庭からの成り上がりを画策するジュリヤン、レーナル夫人との淡い恋愛、そして悲劇的な結末。フランス革命期の社会の実相を、実際に起こった事件を基にして、見事に描き出した作品。
フランス文学らしく、階級格差や恋愛の細やかな描写が目立ち、またナポレオンの影響もある。フランスにおける世俗の世界と聖職者の世界が赤と黒に象徴されている(いくつかの解釈有り)。人生と社会を描ききった、19世紀フランス文学の代表作。
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